返礼品について
沖縄の北部地域、本部町の自然に育まれた藍植物を発酵させ、染めた糸。一本一本を撚り合わせ、自然や人とのつながりを大切にしたいという想いを込めて、一つ一つ丁寧に結びました。
tsunagariYEAHは、沖縄からあなたへ贈るこの島の素晴らしい文化です。
沖縄で育まれてきた藍染は、「琉球藍」と呼ばれ、かつて琉球王国の時代から大切に受け継がれてきました。
温暖な気候と豊かな自然に恵まれた沖縄では、藍植物が力強く育ち、その葉を発酵させる「発酵建て」という伝統的な技法によって、深く澄んだ青が生まれます。
この藍色は、単なる色ではありません。
古くから藍には抗菌・防臭作用があるとされ、衣服や肌を守る天然の守り色として人々の暮らしに寄り添ってきました。
また、「藍は生きている染料」とも言われ、使い込むほどに色合いが深まり、持ち主とともに時を重ねていく特別な魅力があります。
tsunagariYEAHに使用している藍糸は、沖縄本島北部・本部町の自然の中で育った藍植物を、時間と手間を惜しまず発酵させ、丁寧に染め上げたものです。
化学染料に頼らず、自然の力と人の手によって生まれたこの糸は、一点一点、表情や風合いが異なります。
先人たちが守り続けてきた技と、自然への敬意。
その積み重ねによって生まれた琉球藍の糸を、現代の暮らしの中で身につけていただくことは、文化を未来へつなぐ小さな一歩でもあります。
tsunagariYEAHは、身につけることで沖縄の自然・歴史・人の想いとつながる、特別な藍のかたちです。
「オキナワブルース商店」染織家パラサーファー
沖縄県本部町にて沖縄の染織文化を継承しながら、パラサーファーとして世界各地を周り、染織家 x パラサーファーとして活動しています。
【1982年】
・沖縄生まれ、物心ついた頃から藍の青があり、機織りの音を聞いて育ちました。
【2001年】
・九十九里で出会ったサーフィンをきっかけに、海の青と藍の青が重なり、「海を布で表現したい」という想いから。
【2004年】
・大学卒業後に沖縄に戻り、家業を継ぎました。
【2013年】
・独立して間もない頃、先天性脊髄動静脈奇形という病気が原因で、車椅子生活を余儀なくされます。
脚が動かない生活はこれまでの生活とは大きく異なり、染織の仕事とサーフィンから離れることとなりました。その間、「染織家としてまた活動する」という気持ちは強く持ち続ける。
【2016年】
・車椅子に乗ったままでも織ることができる機織り機を製作したことで染織活動を再開しました。
【2021年】
・NYCにて個展「OKINAWA BLUES」を開催。
【2022年】
・琉球藍の魅力をより多くの方々にお届けすることを理念に掲げ、オキナワブルース商店をスタートし、現在に至ります。
「オキナワブルース」は、生まれ育った「沖縄」への愛情と、「海の青と染め重ねる時間で変化する藍の濃淡」、そして。
且つて、琉球王国だったおよそ700年前、中国や東南アジアとの海洋交易で伝わった藍と染織の技術、第二次世界大戦で壊滅的な被害を受けながらも現在まで繋いできた先人の「想い」を意味しています。
日々、仕事をしながら、自然の色と先人の知恵と技に魅せられています。
【2024年】
・日本代表としてISA WORLD PARA SURFING CHAMPIONSHIPに出場したことをきっかけに、サーフィンも再開しました。
【2025年】
・同大会に日の丸を背負い世界の舞台で戦い、セミファイナルまで進出しました。
波待ちしながら見つけた海や空の青を、糸で表現しています。
この素晴らしい世界を、より良いカタチで次の世代に繋いでいけるように、挑戦を続けています。
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染織家/オキナワブルース商店
真栄城興和
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※画像はイメージです。
※ひとつひとつ手作り品のため、個々によって編み込みの形が異なる場合がございます。
※パソコン、スマホのモニターによって商品の色合いが違って見える場合があります。
提供元:オキナワブルース商店
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