返礼品について
山下眞喜氏は、岐阜県立陶磁器試験場に研究生として入場し、美濃焼や磁器、釉薬の研究などに携わった後に、陶芸家として活動を始めます。
可児市久々利大平に窯を築き、黄瀬戸を研究した後、フランスにて土を素材とする立体造形を学びました。
手掛ける器は茶道具や皿、鉢など、現代感覚で機能美と感性に溢れた作品群です。
豊かな自然環境の中で制作した作品は、長男の幾太郎氏と二人展等で好評を博しています。
京都女子大学短期大学部英文科卒業
1969年 岐阜県立陶磁器試験場に研究生として入場
1978年 岐阜県可児市に築窯、黄瀬戸の研究制作
1984年 フランスにて土を素材とする立体造形を学ぶ
2005年 岐阜県オリベクラフトデザイン大賞 金賞
2012年 松屋銀座「遊びのギャラリー」にて個展 隔年開催
◆美濃桃山陶の聖地・可児
『”美濃桃山陶”とは?』
日本の陶磁史上最も華やいだ時期といわれる、安土桃山時代。
その時代に可児をはじめとする東濃地方で焼かれた陶器が、”美濃桃山陶”です。
美濃桃山陶には、大きく「黄瀬戸」「瀬戸黒」「志野」「織部」といった種類の焼きものがあります。
美濃桃山陶の中でも、16世紀末に生まれた「志野」は、日本で初めて白い釉の下に筆で絵や文様を描いた焼き物です。
装飾性が豊かで、半透明な釉に浮かぶ斬新な鉄絵の面白さは、茶人を虜にし、隆盛を極めました。
国宝や重要文化財に指定されている名品も多く、まさに美濃桃山陶を代表する焼きものといえます。
『美濃桃山陶の産地』
長い間、美濃桃山陶は愛知県瀬戸市で焼かれた、いわゆる「せともの」と考えられていました。
「黄瀬戸」や「瀬戸黒」と呼ぶ名称にその名残があります。
美濃桃山陶の本当の産地がわかったのは、昭和5年(1930)、荒川豊蔵が可児市久々利大萱の牟田洞で、筍の描かれた「志野」の陶片を偶然に発見したことによります。
牟田洞古窯では、国宝の志野茶碗 「銘 卯花墻」(三井記念美術館所蔵)が焼かれたといわれています。
荒川豊蔵は、美濃桃山陶の復興に尽力し、「志野」「瀬戸黒」の技術で重要無形文化財技術保持者(人間国宝)に認定、文化勲章を受章するなど、その功績が今日に至るまで称えられています。
現在、荒川豊蔵邸の敷地は「荒川豊蔵資料館」となり、豊蔵の作品や収集品を紹介しています。また、敷地内の居宅や陶房も公開しています。
【注意事項】
※発送時期については、返礼品ページに記載されている発送期日をご確認ください。
※ご不在日や引越しなどのご予定、宅配BOXへの配送や置き配の希望など、配送に関するご要望がある場合は、寄附申込時に備考欄にご入力ください。
※配送に関するご要望は、可児市ふるさと納税サポート室でも承ります。寄附申込後お早めに、お電話やメールにてご連絡ください。
ただし、ご申請後の配送先住所の変更は状況によって承ることができかねる場合がございます。予めご了承ください。
※返礼品が発送されましたら出荷通知メールが自動送信されますので、配送先の変更などをご希望の場合はメールをご確認の上、ご自身で直接配送業者へご連絡ください。
※配送業者に配送先変更を依頼されると、転送料(着払い)が発生する場合がございます。
転送料は受取人様にご負担いただきますので、予めご了承ください。
※発送後、配送業者での保管期限内にお受け取りいただけず、返送となった場合の再送対応は致しかねます。
【製造地】
岐阜県可児市
- 返礼品レビュー
- 自治体への応援メッセージ